人生の中で嫌なことがあると自分は何て不幸なんだろと考える人もいますね。
特に毒親育ちにはその傾向が強く、その時は自分のことしか考えられない状態になっているので周りに目が行かなくなっているのです。
例えば、大切に貯めたり使ったりしていたお金をある日盗まれたとします。毎日コツコツと色々なことに我慢しながら死ぬ思いで貯めたお金なのに盗まれて、この先どうすれば良いのだろう・・。という感じで悲観的な気持ちしか出なくなります。
もちろんその気持ちはわかります。何とか防げるものなら防ぎたかったと後悔したり犯人に対し怒りや憎しみが沸き上がったりしますね。
ただ、お金を盗られただけで済んで良かったとも言えます。
確かにお金がないと将来を悲観したりしてしまいますが、命あってのものです。いくらお金があっても生きていなければどうにもなりません。
強盗に遭遇したらどうなっていたか、そう考えると生きていられただけでも幸せだと思えるのではないでしょうか?
お金だけではありません。
自分や家族に嫌なことが起こるとすぐに心にダメージを負い悲観的になってしまいます。しかし毎日のように事故や事件が起こっています。ニュースで見るともっと悲惨な状況があります。
それに遭遇した人の方がとてつもなく辛い状況だと思いますが、それをすぐ近くで見ない限りどうしても自分が一番不幸みたいに思ってしまいます。
特に毒親育ちや心の病の人などは精神が弱っているときにそんな状況になると、とても人よりマシなんて思えませんよね。そういう時に強く生きていられるのは強い心を持っているからです。
その強い精神力は日ごろから鍛えることもある程度は可能です。少しずつ自分に意図的にストレスをかけ何か起きても少々のことでは怯まないようにするのです。
例えば運動をするときでもすごく身体に負荷をかけるような運動をしたり、あえて強い口調で言われるようなセミナーのようなものもあります。
簡単なことではありませんし、毒親育ちなどには出来事によってはとても平常心では居られないようなこともありますが、ほんの少しの出来事でダメージを負うようなら大きな出来事に直面した時に自分の心がどうにもならなくなります。
自分や家族のためにも頑張って生き抜いていくために強い心を持ち、逆に人を助けられるようになれたらいいですね。
お金がないから不幸とか病気になったから不幸とか悪い方向に考えるのではなく少しずつ精神的に強くなれるように負荷をかけつつ、当たり前の日常を生きていられるだけで幸せと思えるように、周りにある小さなことから幸せを感じてみて下さい。
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